2020年10月27日

木曽御嶽山と初代海王丸

北海道の車旅から帰って10日ほど経って御嶽山と海王丸への車旅をしてきた。

北海道の紅葉に振られたので標高のある御嶽山なら期待できるかもと
車で登れる最高地点まで行ってきたが黄色はそこそこ赤は見られず。

望む山頂はかなりの積雪で双眼鏡で見ると噴火被害を受けた神社が見える。
2014年9月の水蒸気爆発で58人の死者と
5人の行方不明者の被害をもたらした噴火。
あの山頂のどこかに行方不明者がと思うと心が痛む。

山容から3,000m級の山には見えないが
雲海を遙か下に見下ろすと高さの実感がわく。

それにしても直径平均35cmの噴石が
4m四方に10個以上も降り注いだというから
隠れ場所のない岩肌では逃げようがなく恐ろしいことだ。

そんな思いを後にし海王丸保存地の富山県射水市へと向かう。

国道県道高速で射水市内に入るもホテルチェックインまで時間があったので
回漕業の盛んだった岩瀬の街並みを散策してみた。
財を得その力で建てた重厚な家々が連ねる街並みは
しっとりとした落ち着きを醸し出し見応えがある。
正に歴史の価値観を見るようだ。

この街は紅ずわい蟹の産地で帰りに買って帰る予定なので
スーパーなど下見を兼ねての見物。
車旅の良い点はこのように変幻自在な自由が利くことで
ツアーでは味わえない。
(紅ずわい蟹とずわい蟹とは異なる)

午後4時を過ぎたので2泊の予約を入れてあるホテル
第一イン新湊」にチェックイン。
珍しく初めてのホテルだがネットでの口コミも良かったことから選択した。

この口コミだがどんな商売もそうだが
一人だけ好感の持てないスタッフがいると
そこだけ書かれてしまう怖さがあるが当ホテルはアットホームなもてなしで
安堵感があり2食付きの内容も板長さんの心遣いが感じられた。

連泊は中一日丸々自由が利くことで
近くの海王丸公園に保存されてる海王丸を十分見学することができた。
1930年進水1989年引退まで59年間姉妹船日本丸と共にシーマンを育ててきた。
船内も観察でき船好きには魅力満点で興奮する。

海王丸を十分堪能した後は地元博物館
再びスーパー廻りで翌日の買い物蟹の品定め。

日本国中どこへ行ってもスーパーは楽しい。
特に鮮魚売場は目が輝いてしまう。
土産物もスーパーを使えば良い品を廉価で買うことができる。
それも地元主婦御用達スーパーで。

連泊を終え前日に見定めておいた蟹を購入し帰路に着く。
いつもと違って高速は車多く走りにくかった。
帰路の安房峠越えはトンネル以外は走りにくいので
遠回りになるが上越回りの高速を利用。


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積雪の御嶽山。
このどこかに行方不明の方々が。


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車で行ける最高地点から見る雲海は高さの証。


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岩瀬地区は回漕業で財をなした人達の重厚な家屋が続く。


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銀行も家並みに溶け込んでいる。


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初代海王丸


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デッキ


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大きな舵輪


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プロペラ


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2015年09月15日

富山市へ車旅

親しかった洋画家の橋本博英さんが亡くなって15年目。
実質的な郷里の富山市で遺作展が開催されてるので車で訪ねた。

一番の近道は松本インターから国道利用だが久々に白山スーパー林道
(現在は白山白川郷ホワイトロード)回りのコースを走った。
何てややこしい名称に変更したんだろと思うが
白川から峠を過ぎると滝の“銀座通り”になり景観が楽しめる。

今回は台風18号の後を追っての旅だったから絶景は実感できなかったが
そこそこの車旅はできた。
終点から金沢に出て富山市までの総計450kmほど。

午後早々には画廊に着いて懐かしい橋本さんの絵画を堪能した。


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白川郷はすっかり観光地化して昔の面影は薄れてる


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スーパー林道の滝の銀座通り


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富山駅前


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画廊での遺作に涙腺が緩む


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posted by ダボさん at 09:20 | 神奈川 ☁ | 【旅】−旅行記−富山県 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする