2011年11月19日

飛行機は落ちるのか

古い話で恐縮しながらの記事を書きます。

1972年札幌オリンピックでノーマルヒル(当時70m級)ジャンプで
笠谷幸生、金野昭次、青地清二の3人で金銀銅のメダルを独占した
いわゆる日の丸飛行隊。

私の旧知にSという男がいるのだが
彼ら3人と共に小さい時からジャンプの練習をしてたが
芽が出ず後に雪上ではなく空を飛ぶことになる。

小樽出身で当時彼と一緒に手稲やニセコのスキー場に度々行ってたが
その時大倉山シャンツェのスタート台に案内してもらったことがある。
そこから滑り降りて行く方向を見ると思わずヒェーッと声が出る。
とてつもなく恐ろしい所だ。

当時一ヶ月1万5千円の家賃で住んでいた公団住宅の隣り合わせに住んでいた彼は
全日本空輸(ANA)の飛行機の整備士をしてたのだが
収入面での満足が得られず一発奮起し乗務員になろうと
独学で猛勉強を始めることになる。

途中ウツのようなノイローゼのような危ない道のりをクリアし
見事にフライトエンジニア(航空機関士)の国家試験に合格し
晴れて念願の飛行機乗りになり、当時の花型機ボーイング727
(3発エンジンが最後部にあり急上昇が売りの航空機)が仕事場になる。

そして整備士の時とは比べものにならない収入と
通勤はハイヤーが迎えにくるような生活になる。

彼の職場で親友の31歳で日系二世の同じ航空機関士の乗った727型機が
航空自衛隊戦闘機と空中衝突し乗員乗客162名全員が犠牲になり
自衛隊機の乗員はパラシュートで脱出し難を逃れる事故があった。

岩手県の雫石事故だ。

当時の新聞は地元の人の話として機体の破片と共に
人がぱらぱらと落ちてきたと報道してる。
さすがに彼もショック状態でしばらくは元気がなかった。

この一件で客室乗務員の中には退職者がいたそうだ。

私が飛行機嫌いになった大きな原因だがそれでも彼は

 「俺の飛行機は絶対落とさない」

なんて言っていた。

駿河湾上空をキラキラさせながら行く飛行機を見る度に
あんな所から人が落ちてくるなんてと思うと
何やら不思議な出来事のようにも思える。

その彼もやがて地上勤務となり定年退職を無事迎えた。


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posted by ダボさん at 10:30 | 神奈川 ☔ | 【他】−その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする