2010年12月03日

基準

駿河湾の奥で65cm超のマゴチ、60cmのヒラメを釣ったことがあって
この大きさが自分なりの基準になってるから
それ以下のサイズを釣り上げても感激度は少ない。

つまりマゴチ、ヒラメはこの大きさが超えられた時、
わぁーっ、凄い!
になる訳だ。
この魚に対する評価基準ができてる訳ですね。

全く異質なことになるが絵画、陶磁器、漆器、
或いは書など諸々の芸術作品についても
それぞれの分野で自分なりの観賞の基準が出来ていれば
それらを見る目も違ってくる。

基準が高ければそれ以上の作品を見ないと感激しない。
大きな魚の例に似てなくもない。

より高度の作品を何度も見続けることによって
その分野の“本物”が見えてくるようになり
作品を見る自分なりの基準が出来てくる。
このことは自分自身の“知的財産”とでも言えるだろう。

デパートの陶磁器売場に立ったとしよう。
沢山陳列された中で
ん!これは、と思い目に止まるものがあって
遠方からもスッと“立って”見えるものがる。
近づいてみるとやはりそれ相応のもの。
この様な高い基準を持たれた方いらっしゃるでしょうね。

そうそう、食べ物だってそうですね。
例えば自分が釣ってきた魚の刺身を食べて旨いなぁと思う時
その魚に対して一つの基準が出来る。

同じ魚の刺身をスーパーで買って食べても
何だこりゃぁ、ってなことになってしまい、
つまりはこの魚に対する基準判断がそうさせてる訳だ。

中々難しいことではあろうが
理想からすれば食に対する評価を身に付けさせる為には
子供の頃から本物の味を覚えさせたらいいなぁ。
きっと化学調味料の味とは区別のつく舌になるはずだ。

化学調味料って何だか語感も良くないし中身はどうなってんだろ。
まさか石油化学製品じゃなかろうねメーカーさん。

しかしこの味が基準になってしまったら少々恐いし侘びしいよ。


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posted by ダボさん at 03:55 | 神奈川 ☔ | 【他】−その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする