2010年10月02日

葬式仏教ビジネス

9月何日だったかの朝日新聞夕刊に
大手スーパーマーケットのイオンが葬祭事業を始めたという記事があった。
何でも戒名料などをホームページで公開したら
全日本仏教協会が信仰の核心部分まで商品化するのかと噛み付いたそうな。

冗談じゃない、葬式仏教として商品化してしまったのは仏教界でしょ。
元来葬式は習俗であったのが
江戸幕府がキリシタン弾圧の手段として仏教を利用したのが
そもそも葬式と仏教との係わりではなかったですか。

檀家制度を作り宗門人別改帳なるもので
仏教界に大衆を管理させたのが始まりでしょ。
仏教界にとってこの上ない“ビジネスチャンス”だった筈ですね。

キリシタンが表に出られなくなり
隠れキリシタンなるものを生んだのはこの様な経緯があった。
それまで一般には葬式を執り行うのは
本家の主(あるじ)や村の長(おさ)だった。
江戸幕府は仏教にやらせるシステムを作った訳ですね。
仏教界は喜んだでしょうね。
ビッグビジネスが棚から牡丹餅ですから。

ところがここで、困ったことが起きた。
何しろ坊さん同士の葬式はするが、俗界のそれをしたことがなく
どういう風に執り行えば良いのか壁に突き当たってしまう。

そこで知恵の働く坊さんが
はたと膝を打ったかどうかは知りませんが良い方法を考え出した。
俗界の衆人も死んだら坊さんにしてしまえば良いと。

これは大名案だったんですね。
今までの経験を100%生かして行える訳だから苦労いらず。

葬式に坊さんが来て経を読むのは
あなた(死人)を今から仏教に導きますからね、
ということで説法している訳です。
つまり俄坊主に仕立ててしまう訳です。

説法の後に剃りはしないが
頭に剃刃を当て剃った様な“振り”をするのは正にそういうことですね。

で、坊さんになったんだからと言って戒名を付ける。
この流れ全てお金が必要です。
まさに葬式仏教ビジネス。商品化に他ならない。

ところがこれだけでは飽き足らず
年忌法要なんていう“集金システム”まで作り上げたのは
紛れもない仏教界そのものでしょ。
立派なビジネスではないですかね。

しかし最近はこういった矛盾に気付く人が増え
葬式そのものが多様化され今までのやり方が薄れつつあるようです。

極端には葬式や戒名は不要。
灰になって散骨でもしてもらえば十分なんて人、
ワタシも含めて大勢いるようです。

やはり時代の変化、流れですかね。


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posted by ダボさん at 09:28 | 神奈川 ☁ | 【他】−その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする